a0005366_2135121.jpg「デグーの鳴き声はいつもその状態に対応している。人間は今いる状態ではない発声ができる。(鳥に襲われるデグーとオオカミ少年を例に)」(37p)

「脳科学の実験とコンピューターシュミレーションを研究の両輪にできれば、『言葉の起源』にぐっと近づくことができるはずです。」(119p)


どうなっていくのか期待。
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# by Naotaka_Uzawa | 2010-11-21 21:49 | 日記・読書・映画
a0005366_17403610.jpg『純粋理性批判』を理解するコツはアンチノミー論の理解からか・・・

「後の理性批判に通じる思考法の萌芽・・・すなわち、対立する2つの立場に直面した場合、真理はおおむね中間にあるという「確からしさ(蓋然性)の論理」・・・これは今日の確率論の先駆をなすものである。それはまたなによりも、アンチノミーの思考法の先駆でもある。」(50p、1.証明不可能な根本真理―伝統的合理主義のまがり角)

「戦争はさまざまな関係を合計した平均値から起こるのではなく、その時々の支配的な要因によって起こる。厳密な論理的推論は不可能。理論はこれらを認めなければならない。しかし、概念上の戦争を普遍的な指標として使うことは理論の義務だ。そうすれば概念を見失わず、戦争において発生する事柄を理論との関連で把握し、可能・必要ならいつでも接近できるはずだ」(クラウゼヴィッツ『戦争論』、8編2章)

『戦争論』の1編3章との関連で、この本のなかに「勇気」や「沈着」という言葉が出てくる(140p)部分には興味を持ちました。「自由をめぐる第3アンチノミー」と「偶然性・蓋然性のなかにおける最高司令官の自由な精神活動」(1編1章28)という部分には関連があるような・・・
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# by Naotaka_Uzawa | 2010-11-12 18:03 | 哲学・科学
a0005366_23411964.jpgこの本があってとても助かった!

「『純粋理性批判』は、「個々の認識が真である」ことを確定しようとしたのでは決してない。そうではなくて、我々の認識が「客観的妥当性を有していると主張しうるための根拠はなにか」ということを追求した書物なのである。客観的妥当性を主張している認識は当然のことながら、真であることも偽であることもありえるのである。(180p、)

カテゴリーは、意識的に使用する道具なのではなく・・・「世界」が我々に現れてきているということ自体、カテゴリーがすでに働いている結果なのである。(178p)」


感性とも悟性ともはっきりしない未分化の第1版における「構想力」。この「感性と悟性の共通の根」というものに非常に興味が湧いてきました。




a0005366_2358813.jpg『人間知性新論』(ライプニッツ 著)

その前に遡ったところを今読んでいます。返却期限までに終わらなそうです。延長を申し込むか・・・
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# by Naotaka_Uzawa | 2010-10-13 23:59 | 哲学・科学

ある民族の話

ファイサル:「我が軍をイギリス軍の配下に置くのが大佐の狙いかね?」

ロレンス:「その通りです。」

ファイサル:「やむを得ない。トルコには最新式の大砲がある。しかし不安だ。心配でならん。イギリスは荒れた土地にも貪欲だ。アラビアも欲しいらしい。」

ロレンス:「拒否すべきです。」

ファイサル:「君はイギリス人だ。忠誠心がないのか?」

ロレンス:「祖国にも他にも忠実です。」

ファイサル:「イギリスにもアラビアにも?可能かな?君も砂漠を愛するイギリス人の1人だな。ダウティ、スタンホープ、ゴードン将軍。アラブは砂漠を愛さん。水や緑を愛する。砂漠には何もない。必要なものはだ・・・君たちはアラブを軽く見てるのか?無力で愚かな民族にすぎない。貪欲で野蛮で残酷だと。知っているかね、ロンドンが村落だった昔、コルドバには街灯があった。」

ロレンス:「はい、偉大な民族です。」

ファイサル:「9世紀前の話だ。」

ロレンス:「今や再興の時です。」

ファイサル:「父はそのためにトルコに宣戦した。私の父だ。イギリス人ではない。だが父は老齢だ。そして私は消えたコルドバの花園を求める。そのためには戦わねばならん。再興にはイギリス人が必要なのだ。あるいは・・・人力の及ばぬ物がいる。奇跡だ。」
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# by Naotaka_Uzawa | 2010-09-25 20:11 | 日記・読書・映画
この章は大きく3つに分かれている。

(1)政治的目的を達成するための戦争の目標について
(2)それを達成するための戦争の手段は何か
(3)敵の戦闘力の撃滅の重要度の評価



a0005366_14432038.jpg



■(1)戦争の目標について

 戦争が政治的目的の正当な手段となる条件を考える。この時、適切な戦争の目標は何かを考えればいいだろう。そうなると、この戦争の目標は様々な政治的目的や状況によって異なるためひとまとめにして決められるものではないということに気づくはずだ。


 だが、無限にあるとしても考察できないというものでもない。戦争論では、まず概念上の戦争と現実の戦争の区分がはっきりと示されている(8編2章)。そして、現実の戦争も概念に近づくものとそれからは程遠いもの、この2つの方向性の違いを戦争前にしっかり把握する必要性が強調されている(8編3章A)。


ここでは8編5章の記事で利用した表(上図)を見ながら話を進めたい。





●「概念上の戦争」における戦争の目標

 それは、敵の抵抗力を完全に破壊することだった。「概念上の戦争」は様々な仮定をもとに考え出されたものであり、現実ではない。どちらも確実にこの目標に向かって行動し、戦争は止まることなく極限状態まで突き進む。それがいかに厳しいものであっても、戦争が無制限なものになり極限状態まで進行することが分かっている。つまり事態がどう進展するか確実に読める。そのため、概念上の戦争では政治が事態の方向性を決める必要などなくなってしまう(1編1章23節)。





●概念に非常に接近する「現実の戦争」における戦争の目標

  図では、物理的・精神的にとても優位な立場にあるか、積極的精神・冒険を実行できる性向を有している場合にあたる(8編5章)。1編では動機・緊張の強い場合。8編3章Aでは「概念上の戦争」に注目した場合の戦争の見通しや各戦闘の結果をどう見るかという部分にあたるだろう。それは、途中の成果には意味がなく、最終的な(主要な)決戦における失敗が今までの全ての成果をダメにしてしまうような戦争だった。



 「概念上の戦争」で想定されている両者は抽象的な存在だ。しかし、「現実の戦争」では条件がより具体的になってくる。敵の抵抗力をより具体的にし、その中でも非常に普遍的な要素を3つ導入してみよう。それは戦闘力・国土・敵の意志である。概念に接近する「現実の戦争」では、この3つの要素に対しどのように行動しなければならないだろうか。



1. 戦闘力(軍事力)・・・敵が闘争を続けられない状態にする
2. 国土・・・占領(新しい戦闘力の形勢を防ぐため)
3. 敵の意志・・・敵(同盟国を含む)に講和条約を締結させ屈服させる。ただし、「現実の戦争」の2つの方向性のうち、概念から遠ざかっていく戦争では講和の可能性がない場合も考えられる。「戦争における3つの主要な傾向(知性、感情、蓋然性・偶然性)」のうち政治の領域である「知性の挫折」という表現で講和条約で意味していた範囲を広げるべきかもしれない(1編1章28節)。そもそもその集団の知性が打ち出している政治的目的が有効なら、それはその集団の感情に支持されたものだ(1編1章11節)。また、概念から遠ざかっていくような戦争では、小さな政治的目的を捨てることも簡単だろう(1編1章11節)。この場合、政治的目的というよりも、「アイデアの実験・検証・試み」というような表現の方がしっくりくるものかもしれない。



【進行パターン】(様々なパターンがあり確定的に決められるものではない)
●1→2→3[基本的な流れ]
●(1→2→1→2・・・)→3[実際には、戦闘力の壊滅と敵国土の占領は交互に進むものだ。]
●2→2→2→・・・(敵国土の大部分か全部の占領)→3?

 1812年のナポレオンによるロシア遠征のように敵がどんどん国土の奥深くへ撤退するような場合、大部分を占領しても敵の戦闘力を壊滅していない場合がある。ナポレオンには1の要素が欠けていたため、ロシアの「知性、政治」を屈服できなかった訳だ。





●抵抗力を完全に奪えない戦争における戦争の目標

 上図でみたように、物理的・精神的に大きな優位になく、敵を完全に倒そうという積極的精神もない場合は戦争の目標が制約されたものになる。クラウゼヴィッツは抵抗力を完全に奪えない戦争を攻撃的な方向と防御的な方向の2つに分けて考えている。1編2章で列挙されている戦争の様々な目標はどちらかというと攻撃的な方向(積極的意図)に重点が置かれているようにみえるが防御的な方向(消極的意図)の考察部分にも同じように注目したほうが戦争論を把握しやすい。



 下図は先程の図に2つの視点を追加したものだ。政治的目的は概念上の戦争に近づくものであっても、遠ざかるものであっても戦争を貫いている。しかし、概念からの距離という戦争内部の事情は、政治の表面化の程度に影響を与える(1編1章11,23-26)。政治と戦争内部の事情との間には密接な関連がある。

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 さて、抵抗力を完全に奪えない戦争(「制約された目標」の場合)における「戦争の目標」を考察する部分にきた。


 「概念上の戦争」では、相手の抵抗力をしっかりと把握できることが仮定されていた。そのため、明白な力の差があり精神的な力でも穴埋めが出来ないならば概念上は戦争など選択しないだろう。しかし現実には明白な差があり不利なのに戦争を選択し、さらに攻撃という闘争形式を選択する場合がある。つまり、戦争を選択するかどうか、攻撃・防御どちらを選択するかは戦力のバランスではなく、将来に対する評価により決定される(8編5章、上図参照)。


 ということは、将来に対する評価を左右させることによって敵を講和(あるいは政治的目的の挫折)に誘導することも可能なはずだ。この将来に対する評価は大きく2つに分けられる。勝算と犠牲の2つだ。


1.勝算を悪化させる(主に戦争の内部事情を考慮した場合)

発生する事態には何通りものパターンがあるだろう。蓋然性の高いパターンは何か。どのパターンが将来発生すると敵に「勝てそうにない」と判断させることができるか。その具体的方法についての考察。8編5章をもとにした上の図ではどのパターンが発生する蓋然性が高いか判断できる場合だ。

 下の表のうち、政治的関係を変化させる方法に対する評価はとても高いものとなっている。

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2.政治的目的と払うべき犠牲とのバランスの悪化(犠牲=数量+持続時間)

8編5章をもとにした上の図では、どのパターンが発生する蓋然性が高いか判断できない場合にあたる。この場合、政治的目的をどう評価するかが重要だ。現実の戦争では将来を推測できない場合が多いだろう。講和に向かう動機としてはこちらのほうが一般的なものだ。1編2章で考察されている戦争の目標は、あくまで一般論としてという但し書きが付けられている。そしてその目標はどちらかというと攻撃的な方向(積極的意図)のものが多い。しかし、この部分で戦争論でも重要な防御の考察が行われる。ポイントは闘争の持続時間と防御の関係だ。

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純粋な抵抗でも敵の政治的目的を挫折させるために、戦闘力を使用することが含まれている。




次回は戦争の手段に関してです。
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# by Naotaka_Uzawa | 2010-09-12 14:49 | クラウゼヴィッツ:戦争論読解

For Future Reference代表。編集者、ストーリー分析など。執筆に挑戦する方とご一緒に活動しています。ブログでは仕事とは少し離れて大学時代から関心のあった国際情勢や哲学、関連書籍について発信しています。


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