「後でまた変革すればよい」

 アテナイの劣勢が、アテナイ人でさえも実感するようになった時に現われた考え方です。この「後でまた変革すればよい」という考えは、敗戦が濃厚になり国内の統治体系が力で変えられてしまう場合には、常に出てくるものだろうと思います。

 この文脈では、民主制から寡頭制への圧力が強まっている中で、民主制によって恩恵を受けていた人たちが一度は受け入れ、その後また変革すればいいじゃないかという形で現われています。

 また、この時の状況として、前回のように、ペルシアとの関係を良好にするため政体を変えるのが望ましいという考慮が働いています。(ペルシアは王政で少数支配の形を採用しているため)

 民主制→寡頭制の場合、民主制で恩恵を受けていた人たちはその集団における多数派ですが、寡頭制支持者とは違い何か強いつながりがあるわけではありません。ですから、多数派は個別に攻撃を受け、政治的生命を失っていきます(この本の中では暗殺という手法も使われています)。

 国内的には民主制、対外的には他のポリスの民主制支持者を支持しペルシアに対抗することというアテナイ強大化の要因を捨て去ったとき、アテナイは敗れ去りました。

 何が現在の自分たちを作り上げているか?この要因をつかんでおかないと大変なことになるということなのかもしれません。
[PR]
by Naotaka_Uzawa | 2004-05-14 13:07 | ツキジデス:『歴史』読解