現実の戦争には様々な形があり、その政治的目的、それを達成するための戦争の目標も様々だ。しかし、戦争の特性(概念上の戦争)をある前提から考えたときは以下のような形になるだろう。絶対性や完全性という言葉は以下のような戦争の方向性を表している。

●戦争とは、敵に自分たちの意志を押し付けるために暴力を使うこと。
●政治的目的・・・敵に自分たちの意志を押し付けること。
●戦争の目標・・・目的達成のため敵の抵抗力を完全に破壊すること。
●目標を達成するための手段・・・物理的な力(武器・兵器)を使うこと。
(1編1章2節)

この政治的目的、戦争の目標、手段についての考察は1編2章につながっていく。




「概念上の戦争」を考えているのに、そこに至る考察では現実によく見られることから導いているというような腑に落ちない感覚に囚われた時は、様々な現実の個別具体的な現象のなかに本質や意味を感じ取るような思考をするときを思い出すといいかもしれない。

前回取り上げた概念上の戦争の前提は、現実の戦争を考える際に次々と否定されていく。つまり、概念は概念であって現実ではない(1編1章6節、1編2章)。しかし、この概念、本質(ただしこの言葉は、「概念上の戦争」を表す場合もあるし「現実の戦争」を表す場合もあるので注意が必要。)、「概念上の戦争」は実際に戦っている人からすれば、戦争がどんなものかわざわざ言葉で表すまでもなく感じ取るものだった。(2編5章)

『戦争論』では、この概念について注意点が2つある。

(1)戦争の特性は現実の戦争から読み取ったものだったが、これから起こる戦争に対し無理に適用してはいけない
 →無理に適用しようとする考え方に対しては「概念とは単なる言葉遊びであり、これが現実にあるという考えは馬鹿げている」というような形で強い批判が加えられる。

(2)これから戦うことになる戦争を甘く見て戦争の特性を十分に考慮しないまま、戦争の計画を立案したり実行すべきではない
 →戦争の特質が示している厳しさを無視した考え方に対しては、「戦争は危険なものであり、敵がこちらの全滅を計画していたらどうする、十分根拠があるならいいが・・・」という形で強い批判が加えられる。また、初めの政治的目的が変化する可能性もこの警告の根拠となるだろう。これは私たち日本人にとっては痛烈だ。反省の形が65年過ぎる間にかなり歪んでしまったものの、毎年これを反省しなければならないからだ。

この2点は読んでいると、内容が矛盾しているのではないかと感じる部分なのだが、よく読むとクラウゼヴィッツが意図していることが分かってくるはずだ。

この2点のバランスを忘れずに読んでいけば、戦争の特性として読み取ったものをどう扱えばいいのか理解を深めていけるのではないだろうか?特に8編2章、8編3章Aなどは、この2つの視点を中心に論じられている部分だ。また、「この概念を背景としていつも念頭に浮かべておくこと」という部分に注目する必要があるだろう(8編2章、8編6章B)。
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# by Naotaka_Uzawa | 2010-08-12 23:33 | クラウゼヴィッツ:戦争論読解

 概念上の戦争には、いくつかの前提があるように思われる。ここではその前提を列挙しておく。これらの条件は両軍ともあてはまることとする。現実の戦争を考える場合、これらの条件が否定されていくことになる。

●(1)抽象的なもの同士が戦う (1編1章7節→同節,2編5章で否定)
(2)戦闘力、能力など互いの様々な条件を同じにする (1編2章)
(3)両者とも戦争の完全性(結果について確実なもの)を追い求め、能力もある (1編1章2,6節,2編5章→7節で否定)
(4)相手の持つ抵抗力をしっかりと把握できる (1編1章5節→10,18節は現実の戦争)
●(5)戦争前の状態や様々な関係を無視し、戦争を突然起こることと考える (1編1章6節→7節で否定)
(6)決戦は1回のみ、それにすべての力を使い切る (1編1章6節,3編12章→1編1章8節、3編12章で否定)
●(7)今戦っている戦争が終結した後、どうなるかを考えない (1編1章6節→9節、8編4章で否定,2編5章のモスクワ侵攻の考察を参照)
(8)闘争形式を攻撃のみとする (1編1章12,13,14節→16,17節で防御の考察が始まる)
(9)闘争自体を考え、空間・時間・人間を考慮しない(3編12章)




●(5)(6)(7)はクラウゼヴィッツが箇条書きにして明示しているもの。まだ、他にもいろいろとありそうだ。
●概念上の戦争(言葉)から現実の戦争につなげる思考方法については、3編16章、8編2章にもある。特に8編2章に出てくるナポレオン戦争と「概念上の戦争」の分かりづらい位置づけを整理すれば戦争論の理解もすっきりしたものになるはずだと考えています。
→ただしうまくつなげられるかについては微妙だ
●これらの前提から論理的に戦争の極限の姿が出てくるのかどうか。実は不安がある。今のところはクラウゼヴィッツはこれらの前提から「概念上の戦争」を導き出しているという表面上の理解にとどまっている。
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# by Naotaka_Uzawa | 2010-08-10 22:06 | クラウゼヴィッツ:戦争論読解

最近、ページ上部のメニューにツイッターを使って「今日読んだ記事(メニューでは「Today's News」)」というページを作りました。30~50の記事を読んでいこうと考えています。読んだ記事の単純なリンク集ですが、ある程度まとまったテーマで括ってみようかと考えています。

ヤフーのニューストピックやグーグルのニュース検索を使って読んでいるので地図を片手に国名を入力し気になった記事を読むという形です。ツイッターの使い方をいまだよくわかっていなのですが何かしら役に立ちそうな予感がしています。
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# by Naotaka_Uzawa | 2010-08-08 12:41 | 国際情勢

錯覚

a0005366_1943438.gifイリュージョンフォーラム

地(背景)とそこに描かれた図。しかし、「図を地に変えてしまう」(主観性)ことによって地(背景)が隠れてしまう・・・

このフレーズは、『ギリシア哲学と主観性』という本で聞いたようなフレーズだ。このだまし絵を見ているとこの本の理解が進むのではないだろうか。「主観性が自分を世界(地、背景)だと言い始めた」ということが何となく見えてくる。『イリュージョンフォーラム』の説明文では、「図を地に変えることによって隠してしまうのはだまし絵の常套手段」と書かれています。騙していることを見破るには補助線が必要なようですね。具体的にどう引けばいいのかはなかなかわからないのですが。

昔見た懐かしいだまし絵がたくさんあるのでお時間があればぜひ!

(クラウゼヴィッツの『戦争論』との関連では、概念上の戦争をどのように扱うかという関連で8編2章、8編6章Bを参照。)
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# by Naotaka_Uzawa | 2010-08-07 19:50 | 哲学・科学

 過去に発生した数々の戦争は個別具体的なものだが、それらには戦争の特性が含まれているはずだ。つまり、現実の戦争はこの特性が様々に変化し、偶然的な要素が入り込んだものだと考えられる(8編2章)。ところで、この本質をつかむには才能が必要である。また、戦争を実際に行なっている者はこの特性を感じ取ればよいだけであるが、特性を言葉で表す場合には明確な言葉を使うよう努力する必要がある。(2編5章)

 ここでは戦争の特性として考察される戦争の形を「概念上の戦争」、過去に発生しかつ将来発生するかもしれない戦争を「現実の戦争」と名付けよう。

 「概念上の戦争」の規定にあたっては注意点がある。今、現実の戦争は戦争の特性が様々に変化したものと言ったが、「概念上の戦争」の激しさに関し、過去に発生した数々の戦争の中間を取るわけにはいかないということだ。

 戦争の特性の最も核心的な要素、それは「戦争は危険なものだ」ということだ。そして将来行われるだろう戦争が過去に発生した戦争より穏やかなものになる保証はどこにもない。

 つまり概念上の戦争では、その激しさにおいて極限の姿を描き出さなければならないことになる。




このような形になるだろうか。

「将来発生するかもしれない戦争」をどうみるかについては「第3編第1章において利用されること」という手記を参照。可能性のある戦闘を現実、実在するものと考える。
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# by Naotaka_Uzawa | 2010-08-06 19:58 | クラウゼヴィッツ:戦争論読解