a0005366_19281643.jpgこれは面白い。様々な人が逆張りを一種のステータスのように感じている中、それを痛烈に批判しています。「群集・集団」という言葉に対する私たちの頭の中をかき回してくれる本だと思います。

クラウゼヴィッツの「大衆」に関する見方を読むときにも、いい参考になりそうな部分です。

それにしても、やはり「賭け事」にならない限り真剣な予想というものは無理なのだろうか・・・(笑)
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by Naotaka_Uzawa | 2010-06-11 19:37 | 日記・読書・映画

クラウゼヴィッツと哲学

戦争を考察したクラウゼヴィッツ。彼の哲学に対するスタンスをメモしておきます。「情報」に人間がどのように対処するか、その人間性を知るにもいい部分です。

「悟性は、明晰・確実を求めるが、精神は不確実なものに魅力を感じる。哲学的な思索は、自分が他人のように見えてしまうものであり、慣れ親しんだものから見捨てられてしまったように感じるものだ。そういうとき人間は、論理的必然から離れ可能性の世界に行こうとする。その世界は偶然が支配し、幸運が転がり込んでくるかもしれない世界だからだ。戦争の理論は、このような人間性を無視してはならない。」(1編1章22)
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by Naotaka_Uzawa | 2010-06-04 18:42 | クラウゼヴィッツ:戦争論読解

戦争における情報を論じる際、書物では簡単に原則を挙げ説明することができるようです。しかし、クラウゼヴィッツは、計画から実行に移る間に入手する情報によって戦争が非常に厄介なものになると言います。


この章で一番重要なのは、正しい判断をするには精神の均衡を保たなければならないという部分です。それには自分の確信に自信を持ち、状況の中で希望を見いだせる部分を見るようにすることだと書かれています。


1編3章では、予想や行動の根拠となる情報の4分の3は霧の中に包まれていて分からないため、理性によって状況の正しい認識を持とうとすること(1編3章-戦争の不確実な性質に対処するのに必要な精神)が必要と書かれています。この努力はこの章の前提となっているのは言うまでもありません。

ここでの情報とは敵国、敵軍のあらゆる事柄をいい、自国・自軍の想定と行動の基礎となるもの

しかし、情報は変化が早く確実なものではないため、予想や行動の基礎があっという間に崩れてしまうとクラウゼヴィッツは言います。




なぜなら、情報は、相互に矛盾したものが多く、さらにより多くが間違っており、大部分が不確実なものだ。そこで物事と人間に関する知識、常識から判断の基準を持たなければならない。そして結局は見込みに基づいて判断しなければならない(1編1章20,21,22)

●不確実性・・・第1編第1章10,18,19、第1編第3章
●どんな戦争になるかの見込みについて・・・第8編第3章


(相互矛盾)
●混乱の中、上記のような情報が入り乱れたとしても、これを批判的に分析することができるなら、まだマシな状態だ。
●最悪なのは、誤った情報の多くが共鳴しあい、一気に決断に向かってしまうことだ。このような場合、その決断を支持した人は後で愚か者として扱われる。


(誤報と人間に関する知識)
大抵の情報は間違っている、人間の恐怖心が誤りを助長する。人間は悪いことを信じやすく、実際より大げさに捉えてしまう。間違った情報や大げさな情報は、原因がはっきりしないまま何度も押し寄せる。指揮官は確信をもって、事柄の良い面を見るようにし、精神の均衡を保ち正しい判断ができるようにしなければならない。


感覚は複雑に組み立てられた思考より強烈な印象を残す。指揮官は事態が予想と違うのを見て躊躇し、計画に疑問を持つものだ。特に他人の思惑に影響されやすい人の疑惑は強烈なものになる。指揮官は自分の確信を捨てず、錯覚を斥けなければならない。


計画と実行との間には大きな断絶があり、大きな困難がある。
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by Naotaka_Uzawa | 2010-06-03 23:37 | クラウゼヴィッツ:戦争論読解