錯覚
2010年 08月 07日
『イリュージョンフォーラム』
地(背景)とそこに描かれた図。しかし、「図を地に変えてしまう」(主観性)ことによって地(背景)が隠れてしまう・・・
このフレーズは、『ギリシア哲学と主観性』という本で聞いたようなフレーズだ。このだまし絵を見ているとこの本の理解が進むのではないだろうか。「主観性が自分を世界(地、背景)だと言い始めた」ということが何となく見えてくる。『イリュージョンフォーラム』の説明文では、「図を地に変えることによって隠してしまうのはだまし絵の常套手段」と書かれています。騙していることを見破るには補助線が必要なようですね。具体的にどう引けばいいのかはなかなかわからないのですが。
昔見た懐かしいだまし絵がたくさんあるのでお時間があればぜひ!
(クラウゼヴィッツの『戦争論』との関連では、概念上の戦争をどのように扱うかという関連で8編2章、8編6章Bを参照。)
地(背景)とそこに描かれた図。しかし、「図を地に変えてしまう」(主観性)ことによって地(背景)が隠れてしまう・・・
このフレーズは、『ギリシア哲学と主観性』という本で聞いたようなフレーズだ。このだまし絵を見ているとこの本の理解が進むのではないだろうか。「主観性が自分を世界(地、背景)だと言い始めた」ということが何となく見えてくる。『イリュージョンフォーラム』の説明文では、「図を地に変えることによって隠してしまうのはだまし絵の常套手段」と書かれています。騙していることを見破るには補助線が必要なようですね。具体的にどう引けばいいのかはなかなかわからないのですが。
昔見た懐かしいだまし絵がたくさんあるのでお時間があればぜひ!
(クラウゼヴィッツの『戦争論』との関連では、概念上の戦争をどのように扱うかという関連で8編2章、8編6章Bを参照。)
by Naotaka_Uzawa
| 2010-08-07 19:50
| 哲学・科学